またもや激安ワンコインで入手した中判カメラリコーフレックス7型のジャンクです。

RICOH FLEX MODEL Ⅶ
第7世代のリコーフレックスですね。発売は1954年で搭載レンズはビューレンズが「RICOH VIEWER 80mm F3.5 テイクレンズは「RICOH ANASTIGMAT 80mmF3.5」ですね。二つのレンズの明るさが同じ2眼レフは珍しいです。通常はビューレンズの方が少し明るいんですけどね。
レンズは2つとも3群3枚のトリプレット構成です。全く同じレンズな気がします。
シャッターはRIKEN シャッターで B ・25 ・50 ・100 という割り切り様です。精工舎やシチズンのシャッターを搭載した上位バージョンもあった様ですね。価格は当時5,800円という事で他のカメラと比べるとかなり安価っだったようでございます。
このカメラの1番の特徴はフィルム室から中身がごそっと取り外せる仕組みになっていて、リコーキンというアダプターを使えば35mmフィルムが使えるって事ですね。


それとコンツールファインダーを搭載したのもこのⅦ型からですね。

コンツールファインダーって何?

説明しよう。コンツールファインダーってのはブライトフレームのスリットだけで構成された様なのファインダーなのじゃ。そのスリット(だけのファインダー)を片目でもう片方の目で直に被写体を見ると、左右の目で見た映像は脳内で合成されて、あたかも視界内にフレームが浮かんでいる様に見えるのじゃよ。それで撮影範囲が確認できるわけじゃ。
枠だけではフレームにピントが合わないからフレームにピントを合わせるためのレンズが1枚程度使われているのじゃ。下の写真で実際の見え方がわかるかな?



国産二眼レフの歴史
まず二眼レフを発明したのは戦前ドイツのフランケ・ウント・ハインデッケで世界初の二眼レフ(Twin Lens Reflex:TLR)カメラは、1929年に登場したローライフレックスオリジナルといわれるモデルです。ローライフレックスオリジナルで使用するフィルムは117という規格の世界初のいわゆるブローニーフィルムでフレームサイズは120のローライフレックスと同じ6x6だったそうですが、現代では117フィルムは入手出来ません。(117フィルムについての詳細は勉強不足ですw)
そして、1932年に発売されたローライフレックススタンダードこそがローライの二眼レフカメラで初めて120フィルムを使う6x6判で使うカメラとなりました。
そして日本では、1936年(昭和11年)近江屋写真用品から120フィルムを使う二眼レフ風のカメラ「ローレット レフ」が発売されました。なぜ二眼レフ風なのかと言うと、ファインダーがブリリアントファインダー(いわゆる素通しでピント合わせが出来ない)でビューレンズは無く素通しでおそらくミラーが付いているだけ?だったみたいです。つまりファインダーは構図を決める機能しか無いわけです。撮影レンズは固定焦点(ピント調節できない)だったようですがシャッターは1/25、1/50、B、Tを備え、絞りもF8〜22までってことでおもちゃって訳でもないんですよね。ある意味「2眼レフ風のファインダーを付けたカメラ?」だったと言えそうです。そして撮影サイズはセミ判(いわゆる645)でした。ただし価格は16円(現在の価格で32,000ほどでしょうか?朝日新聞が月額1円うどん一杯10銭)と安かったようです。ちなみに昭和10年に同じ近江屋写真用品から発売された本格的な小型カメラ、ハンザキヤノンは275円(現在の価格で550,000円ほど)でありました。
「ローレット レフ」発売の翌年である1937年(昭和12年)、大橋光機製作所からこれまたピント目測の微妙な二眼レフ風のカメラが発売されます。ファインダーはブリリアントファインダーでしたがテイクレンズは焦点調節可能になり3種類のレンズとシャッターを搭載して登場したようです。高性能なバージョンではGENIRA ANASTIGMATと呼ばれるF4.5のレンズと1/5〜1/250、T、Bを備えた高性能なシャッターが搭載されていました。価格はグッと上がって49円(100,000円程度)でした。ここでもファインダーは構図を決めるのみでピントは目測、撮影サイズはセミ判でした。
そして同年7月ついに本格的な国産二眼レフが登場します。Prince flexです。発売は大阪の深田商会というところだったそうなのですが、製造は大阪でドイツ人が起業したノイマン&ハイレマン社でした。元々ノイマン氏は日独写真機商店(ミノルタの前身)の社長が雇用したようですがすぐに退職し起業したようです。プリンスフレックスこそが国産初の本格的な二眼レフでテイクレンズはNeotar Anastigmat 7.5cmF4.5 (おそらくテッサー型)シャッターは1〜1/300とスローも備えた本格的なものでした。もちろんファインダーでピントを合わせることができ、ピントルーペも備えており、撮影サイズは6x6判でした。価格も165円(340,000ほど)と本格的です。そして同年12月我がミノルタからMinoltaFlex(Ⅰ)が252〜305円(510,000〜620,000円)で登場します。
リコーが二眼レフを発売したのは1939年のRicohflex(original)だったようですがリコーのHPには掲載されていません。これはおそらくRicohflex(original)が自社製ではなくリバッジ品(現在で言うOEM品)だったからでは無いかと思います。価格は320円(380,000円)だったようです。そして1941年に登場したRicohflex BはリコーのHPにも掲載されていることからリコー製造した初の二眼レフなのだと思います。価格は140円(170,000円)とまだまだ高価でした。
そして戦後1950年RicohflexⅢが5,800円(50,000円)で登場し2眼レフの全盛期の幕開けとなるのです。
※括弧内の価格は当時の価格を消費者物価指数を基におおよその現在の価格に換算したものです
状態を確認する
シャッター不動でテイクレンズに傷がありますね。


まあワンコインジャンクなので気にしません。
その他シャッターが粘っていて動きません。早速修理に取りかかりますよ。
レンズシャッターの修理
まずは、不動のシャッターを目指し、レンズを前から外してシャッター羽根を目指します。


さてサクッと2枚羽根シャッターに到達しました。バリオ型シャッターと呼ばれるタイプの比較的簡単な構造のシャッターです。コンパー型やプロンター型のように羽根が閉じるまでの時間を遅延させる事によりシャッター速度を変化させるのではなく、シャッター羽根の開閉速度を変化させる事によりシャッター速度を変化させる構造です。


シャッター羽根に油が見えていますね。ベンジンで軽く拭き取ってみましたが思いっきり油が回っていましたので、レンズシャッターユニットを取り外して分解整備する事にします。
前板は4本のネジのみで簡単に分離、バラしてビックリ。この割り切り非常に素晴らしいですね。
これは、超単純構造、合理的設計でカメラ整備の勉強にもってこいですね。


すげえw。レンズシャッターユニット内もスカスカです。
ボディもシャッターも自社製で一貫して合理設計が貫かれている感じです。


前シャッターを外すとシャッタ羽根が現れました。2枚羽根ですね。


シャッター羽根を取り外すと外すとこんな感じ。こんな大きな2枚羽根だから1/100が限界だったのでしょうかね?


絞り羽根も油がひどいので、分解ついでに洗浄する事にしました。


洗浄して乾燥します。絞りは9枚羽根です。


今回は1円玉を積み上げて羽根を組みました。枚数が多い絞り羽根を組むのは難しいんですよね。


無事キレイに組み上がりました。


慎重に前シャッターを取り付けて作動確認です。OKでした。
最終チェック


これは意外と簡単に直りました。そして絶好調です。カメラレストアの初心者にオススメです。
いずれこのカメラの分解組み立ての仕方を説明してみようと思いました。
あとがき


最後まで読んでいただき感謝です。
実はこのカメラ整備したのは2年前で、いつも試写の被写体として登場しているカメラなんですね。安かったので直らなかったら改造して遊ぼうと思っていたのですが、直っちゃうんですよね。
拙者、直せるカメラはバラして遊ぶ気にならないんですよね。





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